中里十『いたいけな主人〜どろぼうの名人・サイドストーリー』ガガガ文庫

どろぼうの名人サイドストーリー いたいけな主人 (ガガガ文庫)

どろぼうの名人サイドストーリー いたいけな主人 (ガガガ文庫)

前作『どろぼうの名人』(感想)のサイドストーリーと銘打ってあるが、内容に間接的には関係あっても直接的にはなんの関係もない。
まず共通する登場人物は一人としておらず、この物語内で起きる事件や出来事は、あくまでもこの『いたいけな主人』についてのことであり、共通するのは舞台となる世界と時間軸のみと、百合小説であるということである。
ただしここで言う百合とは、作者中里十氏の言うところの百合であるので、それがなんのことか気になる方は、氏のサイトを御覧あれ。なお、自分も百合についてはほぼ同じ見解である。

でもって、個人的には前作の方が好きだが、こちらの方が主人公の年齢が高いだけ深いところまで切り込んでくるので、作品としては一枚上手かもしれない。

内容なんだけど、前作『どろぼうの名人』が霞むほどの百合具合である。そして非常に濃い。そこそこ厚い文庫なのだが、その厚さに見合っただけの内容が凝縮されている。よって、非常に楽しく読めた。
そして、百合だけには留まらない。

「ひかるさまが卑怯であればこそ、私は純情ぶっていられます。これが恋の勘定、貸し借りはございません」
「美園さんのお考えはわかりました。でも、まだわからないことがあります。
 美園さんが私にそこまでかまってくださるのは、私へのご好意からだと思います。それはうれしく思います。
 私にかまいたくなるそのお気持ちを、『恋』と呼ぶのは、ふさわしくないようです。美園さんは、そのお気持ちをどう名づけられますか?」
「『萌え』です」


   中里十『いたいけな主人〜どろぼうの名人サイドストーリー』ガガガ文庫

いやもう最高だね。ここにきて『萌え』だ。なお、このやり取りは前半ほぼ冒頭に近いところ出てくる。
この『萌え』についての話は、もっと面白い部分がある。
こんなのは序の口である。
この小説は、あえて言うなら「かけひき」が面白い。ありとあらゆる「かけひき」が面白い。先の引用で登場人物が言っているようにそれは勘定ではない。
ゆえに、私がここで言う「かけひき」も損得勘定ではない。というよりも、純粋なかけひきが生じるとき、そこに損得の入る余地はない思う。
損得が考えられるできるかけひきは、かけひきではなく文字通り勘定というのが妥当なのではあるまいか、と思わされたほどだ。
そもそも「恋」の「勘定」にしたって、損か得なんて考えていられるだろうか。損得勘定ができるような恋は本気じゃないと思う。少なくとも、私のさして多くはない経験上は。

個人的には『どろぼうの名人』とあわせてお薦めの一作なのだけど、百合とはいっても『マリア様がみてる』のようなものを期待しているなら、読まない方が良い。
かといって、『少女セクト』のようなものでもない。あれはあれで、とてもいい線を行っているのだけど。