壱九四五『針鼠城殺人事件 ver1.1』

 結局、どこまでが現実でどこまでが本当だったのだろうでしょうねえ。何が現実で何が夢かといっても良いかもしれないけれど。主人公と彼にしか見えない亡霊との会話などは面白く、序盤から終盤近くまでは素直に楽しめました。ただ、前作『灰かぶりと亡霊たち・初稿』と比べるとちょっと落ちるかなあ。魔女という共通要素があって、しかも今回はそれについてより深いところまで言及していくので、この要素がポイントになります。しかしながら正直、生かし切れていないと思いました。伏線や要素が消化不良気味な感じです。
 作品紹介に「ボーイズラブ的要素あり注意」とあるけれど、それよりも「グロ注意」だと思います。単純に視覚的なものではなくて、表現として。
 夢野久作が読めれば大丈夫。
 もしくは『沙耶の唄』が平気なら大丈夫。
 では以下ネタバレ感想につき格納。


 ドラグノフ(=SVDドラグノフ狙撃銃)が出てきたときは「ええー!?」と思ったのですが、ゲーム内世界の定義が語られる段階で納得。
 この世界は一応、一通りの独自の歴史を持っているのだけど、まず世界の仕組みがそもそも違います。その最大の一つがラジオなどの電波通信で、これいわゆる念波ラジオ。早い話が「伝えよう」という意志と最低限の受信機があれば、送信機側に音声を届けることができる。ただし『灰かぶりと亡霊たち・初稿(感想リンク)』でちらっと出てきた通り、基本的な仕組みが違うとダメらしい。なおこれは作中での「敵側の通信機も同じように受信できるだろうか?」、「基本的な造りは同じだから大丈夫だろ」という会話の後、実際それが現実のものとなったことから逆算して書いています。
 そして『峠向こう』と定義されているこっちの現実世界は、比喩ではなく本当にプレイヤーのいる現実の世界を意味している。このゲームの登場人物は、自分達がいわば箱庭の世界に生きているということを知っている上でそれを現実として生きている、と書けばいいでしょうか。
 だから、重力や時間などの基本原則は同じでも、非現実的なことも架空世界だから現実として起こり得る。繰り返しになるけれど、この世界の人間は自分達が生きている世界を現実の世界と認識して生きている、ということですね。
 でもこれって当たり前のことなんですよね〜。
 脳内の妄想や空想でもない限り、いま自分が存在しているこの世界は現実。ものを落とせば下に向かって落下し、一日は二十四時間で、日照時間は季節とともに移ろい、月は満ち欠けし、眠くなるし、腹は減るし、壁に頭をぶつければ痛いでしょう。とまあ、こういうことを現実と認識して生きている訳なのだけど、そんな当たり前のことをいちいち確認はしないのもまた当然のこと。
 ここで「架空世界の住人(ゲームのキャラクター)が我々(=プレイヤー)の世界を見ることができたら」と仮定すれば現実世界が架空世界になるわけで、この壱九四五世界(勝手に命名)では本来の現実世界は『峠向こう』と定義される。そして、『峠向こう』からなんの脈絡もなく流れこんでくるテクノロジーをして彼らは生活しています。
 ゆえに、Kar98K(カレルの軍側の狙撃銃)に1キロが撃てるだけのスコープを着いているわけだし、AK47をすっ飛ばしてドラグノフが出てきてしまう。つまり兵器の進化系統を無視して、限定した技術が入ってくるからそれしか作れない。技術のスピンアウトやフィードバックができない。
 これなら構わないや、と気にしないことにしました。
 ただね、ハインドはどうかと思うよ。
 オーバーテクノロジーにも程がある、というのではなくて出てくる脈絡が物語として見出せないからです。あの時点で二人を足止めし、かつ主人公の狙撃の腕前を披露させるのに、強敵がハインドである必要はないと思う。これが出てきてしまったせいで、ラストシーン前に興が冷めてしまったのが非常に残念だった。全編を通してここだけが、ハインドの登場と存在が浮いています。
 あと、いまいち腑に落ちなかったのは、ラストでミーチャが取った行動です。いくら主人公の一人称で、彼が精神的に不安定なところを持っているとしても、彼女の登場は唐突すぎるし言動が明らかにおかしい。カレルの姉と主人公の兄の登場と行動は物語の流れとして理解できるけれど、ミーチャについてはどうしてもわからない。なぜ彼女は唐突に「兄さんを××××」などと言い出したのか。どうやって少尉君と合流したのか。どう解釈しても、強引な割り込みにしか思えませんでした。
 気になったのはこの二つだけで、あと前述したネタの消化不良が勿体ないなあと思ったくらいで、全体的には楽しました。

 さて『灰かぶりと亡霊たち・初稿』をプレイして気に入った人は、楽しめると思いますし薦めますが、グロ注意です。容赦ないです。
 ところで、作中で主人公が何度も「僕は普通だ」と主張していますが、残念ながら普通(平均値という意味)とはほど遠く、妹・ミーチャにも、自他共に認めるロリコン引き籠もりカレルにも、亡霊くんにも指摘されますが、彼は認めません。だから社会不適合者になるわけです。
 奇人・変人が社会に適合するには、自分が普通じゃない、平均値からかけ離れていると自覚するとが最低限の条件だと私は思っています。
 前作で出てきたノエル・ローエングリンは「僕って変なのです〜」という自覚が有るから適合でき、妹のアリス・ローエングリンは「そんなもの知ったことではありません」と歯牙にも掛けないから強引に割り込んでしまうのです。結果、二人とも葛藤が生じません。
 なお、アリス・ローエングリンのそれは、開き直りではなく、最初から眼中に無いだけです。これには相当な意志の強さと、それを押し通すだけの力(主に知力か財力)が必要になり、アリスは両方を持っているので実現が可能になるというわけです。

 ついでにちょっと世界観を考察してみた。
 この世界はオカルト色に染まっており、絶対王制の封建制や中性の都市同盟的な雰囲気が色濃いので、結果として軍事的に見ると非常に偏った装備をした軍隊ができあがる。
 世界がそうだから、そうならざる得ない。
 こういう世界で近代的(第二次大戦期)な装備をした軍隊は、(伝統を無視すれば)まず主戦場に平地や開けた場所を選ばない。戦車が無いのでいわゆる機甲戦力が存在せず、対立している二つの大国は相手国の領土に侵攻を行わない限り塹壕戦は発生しない。
 加えて、どう見ても王国などの王権よりも、各地の貴族や都市の周辺地域への影響力が大きいので、主戦場は森や山岳地帯での縄張り争いのような戦闘や市民蜂起に際しての介入による市街戦になる。
 これなら、狙撃兵が兵科として存在してもおかしくないし、大戦果という前提が無くても、独立した狙撃兵のみの部隊があっても不思議では無い。
 以上。

 ここで少しキツイことを書かせて貰うと、たとえ架空の世界でも実在する兵器や機械を描くなら、それについてもう少し調べた方が良いです。

 たとえば、Kar98kは実際に1キロの目標を撃てるかというと、それ以前に1キロ先まで弾が届くかという問題があるわけです。
 これはなぜかというと、第二次大戦当時だけでなくそもそも狙撃兵の役目は「遠くの敵を反撃不可能なところから撃つ」のではなく「目標を一発で確実に仕留める」ことにあります。
 問題のKar98kですが、最後の「k」は「クルツ」ドイツ語で短いの意味で原型となったKar98を短くして使いやすいようにした銃です。そして第二次大戦当時も、ドイツ狙撃兵は敵から恐れられましたが1キロどころか700メートル以下での射撃だったでしょう。理由は至極単純で、当時はスコープの精度が低かったため目標が見えなかったからというものです。
 ちなみに、ここまでは専門書を当たるまでもなく、現在ならネットでちょっと調べればわかります。

 しかしこれは架空世界の話で、オーバーテクノロジーが入ってきています。絵を見る限り現在のL95とかM700に乗っかっているような大きな精度の良さそうなスコープが付いているので、この点は問題ないと思いました。
 ところがKar98k自体が古い銃なので、実測データがそう簡単には見つからないんですね。有効射程は500メートルというデータがあるのですが、これは単純に小銃として使った場合で、狙撃銃として使用した場合の有効射程は当然ながらそう簡単に見つかりません。
 そして、有効射程はイコール最大射程ではないのです。
 実際に現代の様々な狙撃銃も有効射程と最大射程の両方が記載されていることがあります。有効射程は「この距離までなら確実よ」という距離で、最大射程は「この距離までなら弾丸は飛ばせるよ」という距離です。おおざっぱにもほどがあると、その筋の人から突っ込まれそうですが。

 さてさて、Kar98kの最大射程はいったいどれくらいあるのか? 資料として信用できる実測データが見つからなかったので、同じようなボルトアション式狙撃銃と比較してみて検証してみました。
 最大のポイントは「銃身長」つまり銃身そのものの長さです。銃身が長ければ長いほど、炸薬により発射された弾丸は銃身に刻まれた螺旋である旋条(ライフリング)によって回転しながら加速力を得ます。単純に考えて、銃身長が長いほど精度はともかく射程距離は伸びます。改めて諸元(スペック)を見比べたところ、Kar98kの銃身長が現在の狙撃銃並みに長いものでした。クルツとは言いつつも基準が違ったんでしょうね。
 次に弾丸。Kar98k使用するのは「7.92mmマウザー(7.92mm×57)」というこのクラスでは1、2を争うほどの強力な弾です。こいつに並ぶのは『Fate/Zero』で衛宮切嗣がコンテンダー改で使用していた起源弾.30-06スプリングフィールド(7.62mm×63)と同じく彼が使っていた狙撃銃ワルサー WA2000の.300ウィンチェスターマグナム(7.62mm×66)です。そして、引き合いに出したL95とM700は7.62mmNATO弾(7.62mm×51)で、口径7.62mmのライフルといえば、大抵この弾を使っています。
 この数字は何かというと「口径×薬莢の長さ」です。薬莢の長さはイコール炸薬量(薬莢に詰まっている弾丸を撃ち出すための火薬の量)になります。
 銃身長クリア、弾丸が言わずもがな強力なので精度の良いスコープがあれば1キロは撃てるでしょう。700メートルなら余裕です。あとは、射手の技量次第です。ついでにこの7.92mmマウザーは、押井守監督の『ケルベロス・サーガ』で特機隊のプロテクトギアを着た隊員が持っている汎用機関銃ラインメタルMG34もしくはグロスフスMG42が使用している弾丸です。あれがどんな威力を持っているかは『人狼-Jin Roh-』を見ると良いです。『実験体第四十六號』でも良いですが。藤木さんが「どががががが」と撃っているあれがMG34です。 ところで敵方のモシンナガンやドラグノフが使っている弾丸は、やや劣ります。銃としての性格と性能は、前者はKar98kよりはちょっと劣るくらいで、後者は原型が自動小銃AK47なので、700メートル以上になると少し荷が重いのでは……というのが私の主観。

 そもそも、現代において遠距離からの精密狙撃が重要視されるようになったのは、1972年に当時の西ドイツで起きたミュンヘンオリンピック村テロ事件(これは軍事ではなく現代史時事の範疇)以来で、警察や軍は遠距離から標的を素早くかつ一撃で倒す強力なセミオート式のスナイパーライフルを求め、遠距離精密狙撃とこれを含めた特殊部隊編制が重要視されるようになったという背景があります。これを受けてかのPSG-1が開発されたのでありました。

 スコープについては、第二次大戦時は「一応4倍率」というものだったのですが、現在では「1.5〜6倍の倍率調整可能」の精度が極めて良いものが出てきています。有名どころではカールツァイス製のものがあります。写真を撮る方や星を見る方にはお馴染みの名前ですね。

 なお、軍と警察においての狙撃の位置付けは、大きく異なります。前者は殺すため、後者は生かすため。これはなにかの軍事関係雑誌の受け売りですが、言わんとしていることはわかると思います。
 私にしても基礎知識はありましたが「Kar98kで1キロ狙撃ぃ?」という素朴な疑問から、好奇心を刺激されてあれこれ調べているうちにこうなりました。好奇心が刺激されるキーワードがあるといつもこうなります。