『Tone\bermei.inazawa collection』

Tone \ bermei.inazawa collection

Tone \ bermei.inazawa collection

 べるさんことbermei.inazwaさんの同人版のベスト集。
 『Chords\bermei.inazawa collection』の対になるアルバムですね。

 『Chords』がDisc1、2ごとにコンセプトが明確で、独立したアルバムとしての側面がやや強く出ていたのとは、好対照のベスト盤だと思いました。
 曲ごとにその時期の背景が見え隠れしているように感じられて、過去の足跡はいまに続いているのだなあ、と思った次第です。楽曲だけではなく、聴いている自分についても。
 なにかを作ることは、なにかを残すことでもあるということをごく自然に感じられました。

 全体から受ける印象は「優しい」このひと言に尽きます。
 個人的には、行間を読む余地が広い、という表現がしっくりきます。
 そういう部分が良い意味で緩やかさを象っているのだと思います。

 『Chords\』が曲同士の調和に重きを置いたのアルバムだとしたら、『Tone\』は曲ごとが持っている個の性質に比重を置いたアルバムだと思いました。
 実を言うと、私は収録曲の全部は知りません。
 よって、初めて聞く曲もあるのですが、それでも「この曲は大体あの頃の曲なのかな?」といった類推はできました。同時にそういう背景って作品に表れるものなのかな、と考えたり出典を見て納得したりしていました。

 また、anNinaが発足した頃の曲はその存在を明確に感じました。
 死生観──生と隣り合わせの死、死と隣り合わせの生──がどこかに潜んでいるイメージ。意識しなければ気にならないのですが、気づいてしまうと井戸の底を覗き込むような気分になります。
 途方もなく、底が見えない。
 やはり、anNinaの存在は大きいですね。

 リマスタリングによる音の変化は、全体的に柔らかな質感になったように思いました。
 たとえば「Ourania - ウラニア」は、一聴すると変わりないように思えるのですが、言うなれば角が取れて面構成がなめらかになっているようでした。
 おそらくこれが一枚のアルバムとして通して聞ける/聞きやすいものにしているのではないでしょうか。

 もちろんこれは完全に私の主観です。

 大きく印象が変わったように思えたのは、「琥珀のゆめ」で『Ancient Colors Infinity』の要素が入ってきたようでした。
 祭りから祀りへ、そして奉りへ。
 より味わい深い歌になっていました。

 初めて聞いた曲の中で、印象的だったのは「今際」ですね。
 ずばりこの曲、恐い、です。
 淡々とした哀しさや寂しさから感じる恐さ。それは、生きている限り絶対逃れられない恐さです。
 そういうところに気づかなければ、さらっと聞けるのですが、気づいてしまうともう無視できません。
 本当にこれ、終わりを意識させられる曲なんです。
 べるさんは選曲の時点で「死ぬ準備をしているような気分」と書いていましたが、この言葉を聴く側に感じさせる曲だと思います。

 このCDについて語る上で絶対に外せないのが、M04とM13。「tameiki.(brazilian.ad.jp)」と「輝く季節へ」ですね。
 私がこの二つのアレンジを知ったのは、収録されたCDではなくて、かつてべるさんがサイトにmp3をアップしていた時期にDLして知りました。
 「tameiki.(brazilian.ad.jp)」は以前から歓声が入っていて、意図して荒削りな部分を残した印象がある曲でした。この印象を残して、他の曲と干渉せず溶け込んでいました。

 「輝く季節」は唯一の90年代の曲*1ですが、当時のmp3を聞いてもいまリマスタリングされたものを聞いても色褪せないアレンジですね。

 私は2000年頃にオリジナルの側から同人音楽を知って、聴く側だったのがいつの間にか関わるようになったので、同時期の人達の中でもおそらく変わり種でしょう。
 このため、アレンジ曲を聞くときも、原曲にはないアレンジならではその人のやりかたに注目するようになっていました。
 当時ここまで思い切ったアレンジをするひとは、ほとんどいなかったこともあるのですが、アレンジの方向性が聴く側からもわかることを強く思い知らされたのでした。

 そうした曲を作るときに方向性をしっかり決める/自分の中に持つという姿勢は、『Real Season』の頃からあって、いまに繋がっているんだなあ……としみじみ感じつつ聞いていました。

 原曲の「輝く季節へ」は、ゲーム『ONE〜輝く季節へ』のエンディング曲であり、主人公が自分の居場所=在り方を自覚して大切な人と共に歩んでいくテーマで、少しせつないメロディなんですが、前向きな曲なんですよね。
 元のアレンジでもこの部分は、べるさんの解釈=アレンジで表現されていましたが、この『Tone\』版では(聴く側にとっても)自分や自分の周りの人々の存在をより強く感じさせるアレンジになっていると思いました。
 『Tone\』版の方が控えめなんですが、時間や空間的な奥行きが大きくなっていて、アルバム全体をしめやかにまとめていると思いました。

 最初に優しいアルバムです。と書いたのは、つまるところ「輝く季節へ」で書いたようなことが、全体の方向性になって導いていると思ったからです。
 個の性質に比重を置いたアルバムでありながら、ゆるぎないひとつのかたちを持っていると思いました。

 なんでもそうだと思うのですが、私はなにかを続けてやっているとどこかであえてふりだしに戻してみるときがあると思っています。
 原点回帰と似ているようで違うそれは、自分の根幹に根ざすものを確かめる行為だと思うんですよね。

 曲順という点でも「輝く季節へ」がラストにあるのは、そういうことなのかも……というのが私の感想です。

 ところで、帯に「常に、終わっている。」書いてありましたが、「常に、始まりがある。」ということでもありますよね。

 終始繰り返して、生きているんだなあ……などと思ったりしました。

 長々と書きましたが、純粋に好きなアルバムです。

*1:注:アレンジ曲の制作年