bermei.inazawa『worldlink op.1』

worldlink op.1

worldlink op.1

 いつも見ている景色は、いつも同じ表情をしていないのかもしれない。
 深く考えるときのために聴こうと思っていたCDが、何も考えないときのために聴くCDになっている。

 試聴から受けた印象と実際に聴いてみた印象が大きく異なっていて、現在は自分の中で思っていなかった位置にいる一枚。
 帯にある「すこし、世界が変わって見えますように」という一節は、CD制作中からbermeiさんが言っていたことで、これは企画を考えた当初から一貫したコンセプトなのだと思う。
 ひとによって感じ方は違うから一概には言えないけれど、私個人の感想を本人に肉声で告げるとしたら、最初の一行だけで十分だったりする。
 それほどシンプルで、何を伝えたいかが明確なミニアルバム。

 新しいCDを手にしたとき、まず最初に必ずン十年選手のCDコンポで聴くことにしている。単純に手元にある再生機器の中で、最も音が良いからということもあるのだけれど、デスクの真後ろの壁際にあるクローゼットの上にスピーカーが置いてある事も関係している。
 空間に響く音は正直なので、たとえヘッドフォンの方が良い音で聴けたとしても、作詞依頼でもない限りはなるべくスピーカーで聴く。
 そんな理由。

 私の場合、音楽の性質や自分に合うか合わないかは、大体最初の30秒(早ければ数秒)でわかってしまうため*1、『worldlink op.1』は、再生して椅子に戻る前に停止してディスクを取り出した。

 なぜかというと「外に出たくなった」からで、その時は外出する余力がなかったから。
 これは、座業や閉鎖空間にいる時間が長いひとほど顕著に表れるのではないかと思うのだけど、いかが?
 ちなみに、私は過去から現在に至るまで、どちらにも該当するので骨の髄まで染み渡った。なにせ後者については、勤務場所は図書館(館内は静粛に)だったのだから、この衝動からは逃れようがない。

 逆にあえてPCに向かった状態で聴こうとすると、1曲目の冒頭が不協和音に近いレベルに達する。
 少なくとも、私の場合はそう。

 というわけで、iPodに入れて近所を歩きながらイヤホンで聴いてみると、全く印象が違って二重に驚いた。一つ目は最初に書いた通りで、二つ目は冒頭から一気に曲に引き込まれたからだった。
 時刻は日付の変わった深夜だったけれど、もう寒くもないしむしろ日が出て来ると同時に風が強くなる昨今は都合が良かった。

 「Worldlink Established」は、テンポを作っていくあるいは伝えていく性質を強く持っていて、これはほぼ歩行移動と同期している。ここから目に見える景色と耳から聞こえる音楽がだんだん交じり合っていく。

 「Sank In The Sky」とは良く名づけたものだと思った。というのも、この曲を聴いているとき、意識せずに空を見上げたからだった。なぜって、次の瞬間に視界へ映り込んだのは──

 星空。

 自宅付近は近くに旧道があることも手伝って、近年──といってももう十年くらい経つけど──やたら明るくなった街灯のため、周辺の住宅の影に入らないと星が見えない。
 そもそも、意識して顔を上げないと空は見えない。

 ところで、『らじおぞんで』という超高難易度弾幕STGにこんな一説がある。

─僕等は空に輝く 沢山の下らない星々の一つだった。
 出来ることなら ずっと そんな下らない星でいたかった─

 自作については、実はこれが理想とする形の一つでもある。
 だって、空を見れば絶対見えるし、視界に留まれるか、好まれるか否かは別にしてもそこにあり続けることはできるでしょ?
 そんなわけで、この作品から受けた影響は強く、ぞんで以前とぞんで以後で、私の文章は変異している。ぶっちゃけると、2004年以降で、つまり本格的に作詞を始めた頃だったりする。
 これを自分の中から引っ張り出されたのには参った。

 閑話休題

 「Dim Of Dusk」は、中間に位置する曲ということもあって、ちょっと冒険してみたくなる。大体、どの道がどこに繋がっているかわかっているのだけれど、あえて奇妙なルートを選んでみたくなる。曲がるつもりのなかった角で曲がってみたくなる。もう少し遠くへ行ってみたくなる。
 たぶん、音楽としての主張が強いのはこの曲だと思う。

 「Way Home」。これもよくぞ名づけたりとしか言いようがなくて、この曲に入ると、そろそろ帰ろうかなあ、という心地になる。この曲があるからアルバムとして成立していると言っても過言ではないと思うし、たぶんそういう意図か彼自身が見せたいテンポとかリズム(音楽のではなく生体の)の現れではないのかなあ、などと思った。
 実際、この時点で16分48秒経過で、この曲は5分34秒なので4曲目でありながら、一曲で折り返し地点になっている。
 というのも、行きより帰りの方が急ぎ足になるから。

 「Feedbackloop」。CPNL-0012のシングル持ってないちくせう……ではなくて、もともと「studioCampanella 15周年活動記念トリビュート企画CD『Resonances』と同企画本『ほしめぐり』」に合わせて作られた曲なので、これだけちょっと毛色が違う。
 とはいえ、この時点から『worldlink op.1』の構想があったのか方向性は同じで、曲の性質と相まってそれまでの4曲を取りまとめる役を担っていると思う。
 この曲は全曲中最も長いので、少し急ぎ足で帰路についても大体ちょうどいい位置に辿り着いている。

 各曲ごとに書いてみるとこんな感じかな。
 それぞれファーストインプレッションが書いてあるけれど、実際には似たようなことを数度繰り返していて、この前は「Feedbackloop」に入ったときに自宅からさほど離れていない位置にいるにもかかわらず「あれ、ここどこだ?」となったことがある。

 冒頭で書いたことに話を戻すと、歩きながら聴いている間もあれこれ考えてはいるのだけど、椅子の上で「うんうん」考えているようなことは完全に忘れていて、ふとした瞬間に「あ、それだ」というように思い出すように思いつく。
 いずれにせよ「うんうん」考えているようなときは、大抵行き詰まっているので一回離れた方がいい。
 離れた方がいいのだけど、そう簡単に引き離せるものではない。
 そんな状態が悪化傾向にあったので、「考えを整理するのに良いのでは?」と思ってM3直前にbermeiさんに取り置きをお願いしてまで手に入れたのだけど、当初の想定とは全く違う聴き方をしている。
 思考をうながすのではなく、思考を停止するために絶大な効果を発揮している。

 私はこれをbermeiリセットと呼んでいる。
 
 どうせいざ机に向かえば、思いついたことを書かずにはいられず、こういうとき聴く音楽は、現在個人的トランスの二強HSPさん(=鼻そうめんPさん=Hiroyuki ODAさん)CTさん(=Clean Tearsさん)の曲から入る。

 つまり、いま現在「bermeiリセット→HSP&CTトランス」という流れが自分の中に形成されつつある。

 『worldlink op.1』については、実は列車の中でも聴いてみたのだけど、一度この感覚を知ってしまうとどうもしっくりこない。
 自力で動かないと響かないのだ。
 特に運動不足の私は(‥;


 M3こぼれ話。
 はっきり言って健康体とは言えない状態なので、以前TwitterのDMで少し突っ込んだやり取りをしたnkさんのブースで挨拶ついでにちょっとその話題を出したところ、30分無停止ウォーキングなる手法を教えてもらった。
 その後、閉会間近になってようやくbermeiさんのブースに辿り着き、その話を絡めつつ話していると、是非にと実践してみることを勧められる。それから、ちょっとびっくりするような話を聞かされたりしつつ、「以前より痩せたけど、顔つきは良い感じ」と嬉しい言葉をもらった。
 彼は少ない言葉で核心を突く。


 さあ、大体ネタは割れてきたな。
 最初はすっかり忘れていたのだけれど、二回目からiPodを片手に実践してみると本当に無停止(交差点などは例外として)で30分歩けてしまう。個人的な感覚だけど、音楽を聴きながら歩いているときの方が疲れない。
 『worldlink op.1』の総再生時間は28分42秒。
 私から「30分」という数字を聴いた瞬間、推しが強くなった理由が良くわかった。鋭い。あざといのではなく、鋭いのである。自分のCDの長さと、私が和尚さん(nkさんのこと)の助言を無視できない性質だということが瞬間的に結びつけられたに違いない。鋭い。

 私のように明確な指標や目安があった方がやりやすい人間にとっては、この30分かつ無停止でというのは大きなポイントで、時間のやり繰り(忙しいのではなく私が下手なだけ)と天候さえ合致すれば、ウォーキングに出られるようになった。
 それから、これも重要な要素だと判明したので書いておくと、歩いていてつまらない場所はどうやっても続かない。
 というのも、nkさん本人が「良いとわかっていながら続けられなくて……あ、歩いている場所がつまらないんだ」と言っていたからで、私の場合は実家のある周辺地図は頭の中にあるようなところに住んでいるものの、歩いていてつまらないと思ったことはない。
 町はあれこれ様相を変えているが、そんなことは関係なく、外に出ると必ず目にはいるのがNTTの鉄塔で、高い建物なんてそうざらにないから私の中ではランドマークになっている。
 そして、私はあの鉄塔を見るのが好きだったりする。
 30分という時間を考慮すると、あの鉄塔が見える範囲が大体の目安になるので、道順をどう変えようが距離を取ろうが見てはわかるものがそこにあるから戻るタイミングが図りやすい。
 これに加えて『worldlink op.1』の28分42秒という再生時間は、きわめて合理的に作用する。

 でもこれって、nkさんと知り合っていなければ有り得なかったことで、私に彼を紹介したのは誰であろうbermeiさんなのだ。
 見事なまでのFeedbackloopである。

*1:これは浅草橋時代のM3で外周サークルを順繰りに試聴していくいう阿呆な真似をしたためだと思われる