べっぴんの町

 

べっぴんの町 [DVD]

べっぴんの町 [DVD]

  • 出版社/メーカー: TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
  • 発売日: 2015/11/11
  • メディア: DVD
 

  1989年公開。原作は軒上泊氏の同名の小説なのですが、こちらは1985年初版発行で、映画が公開された時点で同じ探偵“私”を主人公とした素人探偵《オプ》シリーズは、4巻目まで刊行されていました。原作も結構面白くて、いま2巻目の『ディセンバー13』を読了して、『また、ふたたびの冬』を読み始めたところです。ここまで読んできて、シリーズ4冊からのエッセンスを1本の映画に入れているのかな、と思える部分があります。

 映画『べっぴんの町』は、出演者の持ち味を活かす形でアレンジされているようで、原作『べっぴんの町』との相違点が結構多いのですが、それぞれ小説としての面白さ、映像としての面白さを追求した好例だと思いました。

 キャストが超豪華なんです。特にある嗜好を持つ人間にとっては、男優の面子が凄い。

 柴田恭兵、田村美佐子、本木雅弘和久井映見峰岸徹笑福亭鶴瓶倉田てつを片桐竜次、伊藤洋三郎、川治民夫、上田耕一(敬称略)。

 89年ということは、『あぶない刑事』は『もっとあぶない刑事』かつ『もっともあぶない刑事』で、ゴジラは『ゴジラVSビオランテ』で、仮面ライダーは『仮面ライダーBLACK RX』なので、これだけで上記の約半数が出揃ってしまいます。

 そうした背景を受けてか、柴田恭兵さんが「こんな上品なデカがいるか?」と言ったり、倉田てつをさんが「俺にはやらなくちゃいけないことがあるんだ」と言ったり、原作にある台詞であっても明らかに狙ったメタ台詞が出てきて笑えます。特に後者は原作にはない台詞なので、脚本が意図的に入れたのでしょうね。

 セントラルアーツ制作ということもあって、共演経験のある役者同士の絡みが多いため、息がぴったり合っているところも見ていて心地良かったです。

 舞台は神戸。

 内陸育ちで海のある場所では日本海側にしか住んだことのない自分からすると、フィルムは古いのに絵は新鮮に映りました。

 また、地元の方によれば、阪神淡路大震災で失われた神戸の街並みを残す貴重なフィルムでもあるそうで、その他にも横須賀などとはまた違った日本の中に入り込んでいる異国の文化を感じ取れる作品になっているとも思います。
 別に隠していたわけではないのですが、恭サマ(柴田恭兵さんの愛称)のファンなので、DVDを買った理由はわりとそれだけです。事前に原作を読んでみてそれが面白かったから、というのもありますけどね。

 台詞回しがいちいちキザなのですが、このキャストが言うと嫌味が無いんですな。原作だと文章だけなので、ちょっと気になります。

 私は、九時きっかりに住処を出た。一階の中国人の洋服屋は、まだシャッターを降ろしていた。トアロードを下ってきたメルツェデスをうっちゃり、道路の西側へ渡った。少し坂を下り、〝ボンド・カフェ〟の一階へ入った。
「おはよう」
 十八歳のウェイトレスに第一声を捧げ、私は、道際のボックスへ腰掛けた。開店直後でほかに客はいなかった。
「元気か?」
「はい」
「そうか」
「御注文は?」
「いつものスープと、ロールパンと、サラダ。それとコーヒーだ」
「分かりました」
 その女の子はいつ見ても感じが良かった。一週間前には二人で映画を観た。〝ワンス・アポン・ア・タイム・アメリカ〟映画から受けた影響は、十八歳の女の子を、そのあとホテルへ誘う気を起こさせないことだった。
 彼女は、コーヒー以外の物を卓上に並べると、トレイを抱き締めて言った。
「この前、とても楽しかったです」
 もちろん、〝映画が〟という意味だろうが。
「おれもだ。いろいろと勉強になったよ」
「また連れてって下さい」
「〝教育映画〟が来ればな」
 女の子はにこりと笑みを浮かべ、店の奥へ引っ込んだ。

 

   軒上泊『べっぴんの町』集英社文庫

 

 この中国人の洋服屋を演じているのが笑福亭鶴瓶さんで、本当に良い味を出していて、私(主人公)の部屋があるビルの1階に住んでいるため、場面が切り替わるワンクッションで登場し、とても美味しい役どころでもあると思いました。笑福亭鶴瓶さんが好感の持てる商売人のおじさんという感じで演じていて、これをすかしてかわしつつ邪険にしない恭サマとの掛け合いが面白さを引き出しているのでしょうね。

 上記の原作からの引用シーンですが、映画だとこの様にアレンジされています。

「だあれ、この人?」
(声に振り仰ぐと十八歳のウェイトレスがこちらを覗き込んでいた)
中島町子ちゃん、新しい恋人。可愛いだろう?」
(私は笑って写真をちらつかせた)
「ひどい。映画に連れてってくれるって約束忘れてるんじゃないの?」
「忘れてないって。でも、行くんだったらラブストーリー観に行こう」
「アニメのどこがいけないの?」
(ウェイトレスはにっこり笑って、空になったトレイを抱えて奥に戻った)
(私は相方のいないテラス席でコーピーカップを持ち上げる)
「4本も続けて観れないよ」

 

   映画『べっぴんの町』
    ※()内は筆者による補記。

    私:柴田恭兵。ウェイトレス:守谷佳央理守谷香

 

 この「4本も続けて観れないよ」がチャーミングで良いんです。

 かつて、渡哲也さんは舘ひろしさんに対して「お前には華がある」と評したそうですが、柴田恭兵さんには独特の色気がありますね。この辺りが『あぶない刑事』でのダンディとセクシーに繋がっているのかもと思いもしました。

 89年の映画なので、音響効果がいまからすると特に殴打するときの音がいかにも〝作った〟感じが強いのですが、それゆえにマッチを擦る音や瓶を置く音、足音や衣擦れの音といったあまり目立たない効果音が相対的に自然に聞こえるため、もしかしたらこの時代はわざとそうしていたのかな、とも思いました。

 音楽に関してはメインテーマが1曲あり、これのアレンジバージョンを複数使うやりかたが採用されており、物語の内容がシンプルなのでこのイメージを全体に通底させるBGMとして機能していました。
 主人公に着目していれば、物語が読めてくる作りになっており、その分背景説どころか伏線さえも省略されているため、「どうしてそうなったのか」が少しわかりにくい部分もありましたが、全体としては楽しめました。ただ、この辺りは原作を先に読んでいたことも関係あると思います。

 80年代なので車が面白いです。
 〝私〟の愛車はMG・MGBという渋い(かつエンスーな)チョイスなのですが、中盤でのカーチェイス相手がホンダ・プレリュード(2代目)だったり、トヨタソアラセリカXX(2代目)が並んで信号待ちしていたり、日産・シルビア(S12)が何気なく停車していたり、といまの車よりもこの時代の車の方に親しみを感じる自分には、そういう点でも美味しい映画でした。

 本木雅弘さんはヤクザの若頭という役どころなのですが、原作から踏襲した見た目や物腰だけだと好青年に見えてしまう感じがよく出てましたね。これは配役の勝利だと思います。

 つまり、役者について何も知らなくても、皆役にはまっているのでいま観ても面白いと思います。
 日常生活からは余裕を感じるのに同時に虚しさに近い倦怠感が漂う雰囲気は、バブル景気の光陰をほどよいバランスで描いているとも思いました(まあ、この後に間もなく崩壊するのですが)。

 

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