地球と月の間の重力均衡点(ラグランジュ点)3に配置された小惑星をまるごと博物館とした〈アフロディーテ〉には、人類のありとあらゆる芸術品が収められ、データベース化されていた。
月と対照の位置に浮かぶ〈アフロディーテ〉は、マイクロブラックホールによる重力制御とテラフォーミング技術によって、海や森といった様々な環境が整えられ、貴重な絵画や彫刻などを風化させないための完璧な空調管理システムなどを備えている。
人類の全ての芸術品を収蔵するのに、小惑星をまるごと使う発想も魅力的だが、なにより脳とデータベースを接続してすぐさま情報を参照できる直接接続者という発想を学芸員と結びつけたところが面白い。
学芸員は、美術品を多く扱うため、「美とは何か」という思考を常に持たなければならないのと、その鑑識眼の中立性を求められるゆえに、多くの情報が必要になるからだ。
主人公の田代孝弘も直接接続者の学芸員であり、まさにそうした立場を体現している。
読んでいる方からすると、いつも「美とは云々」と考えている孝弘は、どうにもしかつめらしく鼻持ちのならないところがある。
ただ、このしかつめらしく鼻持ちのならないところがあるから、田代孝弘という人物の人間くささが出ていて、最終的にはこの「美の追究」とでも言える思考が陥穽になる構成には驚いた。
だってこれ、SFの皮を被ったラブストーリーなんだもん。
オムニバス形式なのに最後一編を読んでいたら、最初に出てきた美術品が出てきて、スイッチが次々とONになるようにこれまでのエピソードで孝弘が遭遇した事柄が繋がってくる。
個人的には、美術と博物、形のある物と形のない物が交差する「夏衣の雪」と、システムのアップデートの過渡期に挟まれてしまった老学芸員の静かな懊悩を描いた「抱擁」が好き。