篤見唯子『スロウスタート 9』芳文社

 

 たまには漫画の感想も書いてみようかと思いました。

 

 『スロウスタート』はアニメから入ったのですが、キャストの演技がキャラクターの印象と合っていて、原作を読んだときにイメージが綺麗につながった作品です。
 原作を読んでみたら題名通り進行が緩やかで、読者としてもスロウペースで読めるため既刊全てを揃えてからは、単行本で追いかけています。

 アニメでは作品後半で花名が高校浪人していることを、たまて、栄依子、冠に明かしましたが、原作では8巻の終わりまで話せずにいました。そのため、物語はゆっくり進行し、1日単位でじっくり描かれるエピソードもあり、主要登場人物だけではなく周囲の人々や派生して生まれた人間関係、その背後にある環境なども丁寧に描かれています。

 作中での出来事は些細なことばかりなのですが、その些細なことに積み重ねで成り立っているのがいまこの時ですので、こういう作品を描くのは実際のところ非常に難しいと思います。
 作者の篤見唯子さんには、些細なことを見逃さない観察力と、この先どこでどう表れるかわからない小さな出来事を丁寧になぞっていく分析力と忍耐が備わっていると思います。
 もっとも、何より重要なのはのんびりゆったり過ごせる気質と、意識せずにそうしたことをぼーっと考えられる思考の指向性でしょう。

 9巻の特徴としては、8巻のエピソードからの直結で朝の出来事からその日と翌日まで花名やたまて、栄依子、冠をはじめとした周囲の人間の関わりが丁寧に描かれています。
 榎並先生は状況(花名が3人に浪人のことを打ち明けた)を察したものの、実際のところ物事がどう進行したのかは見ていないので、栄依子と二人になったときにそろそろと探りを入れるところなど、非常に細やかに描かれています。

 高校生になって約半年が過ぎ、花名の人間関係が広がったことに合わせて、関わったひとたちそれぞれの境遇も描いているので、全体的に奥行きがある作品に仕上がっていると思いました。